日 時:2019年10月19日(土)-20日(日)
場 所:湖南省長沙市 湖南佳興世酒店 会議場
テーマ:回顧と展望 中国慈善史研究の理論と実践 学術検討会
主 催:湖南師範大学・湖南省慈善総会
構 成:全体会(報告者10人)分科会(報告者52人)の報告、政府職員や慈善団体職員向けの講義(講義4人)
報告者はアメリカ、オランダ、韓国、台灣、日本、香港そして中国本土各地などからで、国際学会にふさわしい構成でした。研究者95人に加えて政府や慈善団体関係者の人数として141人、総勢236人の参加という規模でした。
報 告:全体会では海外からの報告者を中心に10人の報告があり、日本からの参加者は会長大友と西﨑緑国際交流委員会委員長の2人で、タイトルは次のようです。
大友昌子:東アジアにおける福祉文化的基盤―前近代中国台湾地域・朝鮮半島・日本の比較研究
西﨑 緑:南メソジスト監督教会女性海外伝道協会と中国における慈善活動
参加の感想と報告
この度発足した「中国慈善歴史学会」は大きく中国社会史学会の傘下に位置づけられています。今後、本学会としての学術交流を進めるとすれば、この「中国慈善歴史学会」がその単位で、会長は周秋光氏(湖南師範大学歴史文化学院・湖南師範大学慈善公益研究院院長)です。学会総会では、何度も学会の成立と共に、中・韓・日の海外との学術交流の必要性が周会長から述べられていました。
分科会の研究領域をみると、1949年中華人民共和国発足後の中国での慈善史研究は1980年代から開始され、近年急速に拡大しているとのことです。歴史研究者、人類学者、歴史社会学者、哲学・思想などからのアプローチがあり、バラエティに富んでいましたが、概ね、各地域の慈善活動の分析、施設史、人物史の内容が目立ちました。対象時期は近代中国を中心に、宋、明、清などがありました。
報告のなかから注目点をあげますと、ジョージ・ワシントン大学名誉教授エドワード・マッコード氏の報告”Tracing the Development of Western Studies on the Modern History of Chinese Philanthropy”によると、欧米における近代中国慈善博愛史関連研究数は、1970年代に5、1980年代に3、1990年代に10、2000年から2019年までに76件と急増し、最近20年間での中国への注目度が上がっています。また、近年の欧米での慈善博愛史研究の盛り上がりを反映して、オランダのアムステルダム自由大学のパマラ・ウィップキン教授の”Did it Trickle down ? : Major Donors in the Golden Age in the Netherlands (16th―17th Century)” の報告では、オランダが隆盛であった時期の慈善博愛事業における寄付者の階層別、性別、職業別等の慈善行為や寄付金額を絵画やグラフを使って分析していたのは、興味をひきました。こうした欧米の慈善博愛研究の盛り上がりは、福祉国家の構築から福祉社会への転換という大きな福祉システムの世界的の流れのなかで、その限界を打破するための試みとしての慈善博愛研究と思われますが、後発の福祉国家にとっては、その政治的含意の動向に注意を払いたいものです。
周秋光氏の研究動向の「回顧と展望」はその概要を下記に掲載しますが、中国における近年の研究の適切な現状分析が行われていたと思います。「慈善史」という用語の妥当性や概念については、いろいろな議論があるようですが、その底には「社会主義体制下の慈善」という政治的な新たな方向性を示しており、政府や行政に軸足を置いた体制から、民間慈善活動の見直し、復活、振興などが底流にあるようでした。「中国慈善歴史学会」の発足にとって、欧米の慈善博愛史研究の流行とちょうど時期が重なったのも、千載一遇といえましょう。
国際会議の開催力において、この度の国際学会はとても優れており、大いに学びました。
会場のセッティング、会議の進め方、CGやインターネット技術を駆使した展開などに目を見張りました。報告はパワーポイントでしたが、パワポの大画面には、日本語とともに中国語訳が付いていました。また私たちに付いてくれた日本語のボランティアは、湖南師範大学2年生の日本語科の女子学生2人で、この方達も力がありました。国際会議場は宿泊施設でもあったのですが、空港出迎えから受付、資料、全体会、分科会ともに万端の準備と配慮がなされていました。こうした学会の国際的な力も必要なことを実感した次第です。こうした面も、本学会としては考えていかなければならないことを、痛感しましたが、もちろん、潤沢な資金が背景にあることを大いに窺わせるものでした。
湖南省長沙の発展、変貌は猛烈で、何度も西﨑先生と大友は驚嘆の声を発しました。ぜひとも、多くの会員に中国をみなければ世界は語れない!ということを実感して欲しいと思いました。最終日の夕食後、韓国社会福祉歴史学会金会長も含めて数人で今後の学術交流の可能性について話し合いました。詳細は、国際交流委員会から次回の理事監事会に報告、提案がある予定です。
また、今回は新たな学会の設立ということで「招待」という厚遇をいただきました。あわせて「中国慈善史学会」および周秋光会長に心よりの感謝をお伝え申し上げます。
周秋光先生によるシンポジウムのまとめ「中国慈善史研究の出発」の概要
中国の慈善史研究は、過去十数年間の学際的研究により大きく発展した。しかし1)慈善の統一的概念、2)古代と現代の研究、3)東北、西北、西南地域の研究、4)慈善の実践を取り巻く様々な関係の研究、5)慈善の研究方法、6)中国人の立場からの慈善理論、に関する研究が不十分である。その克服のために、1)慈善に関する史資料の整理と研究成果の出版を学界全体で急いで実現すること、2)自然科学も含めた幅広く多元的な慈善史研究を進めること、3)当事者の生活を研究する社会史研究を盛んにすること、4)中国人の立場からの解釈をもとにした慈善史研究理論を確立すること、5)時代的には古代、現代、地域的には東北、西北、西南、そして在外華僑の援助に関する研究を進めること、6)慈善の地方史研究を中国全体を視野に入れたマクロな視点で統合すること、7)人間本位の慈善史研究を進めること、8)歴史研究の成果を現在の慈善に生かすこと、9)国内外の学術交流を盛んにして中国慈善史研究を発展させるとともに後継者を育成すること、を私は提案し、中国慈善史学会の設立を呼び掛けたのである。 (大友昌子・西﨑 緑)