【浮世絵版画】揚州周延 平敦盛一の谷の戦い 三枚続きUkiyo-e
平敦盛(たいらのあつもり) 嘉応元年(1169年)~元暦元年(1184年)
平清盛の弟・平経盛(たいらのつねもり)の末子として生まれました。1184年平家一門として17歳(一説は16歳)で一の谷の戦いに参加しました。源氏側の奇襲で平家側が総崩れとなり騎馬で海上の船へと逃れようとします。そこへ源氏の武将・熊谷直実に呼び止められ、取って返すも打ち取られました。画像は敦盛と直実を描いた錦絵(揚州周廷筆 須磨寺蔵)
三枚綴り
★残念ながら二枚目のしたの方が破けと折り目があり
色はとても綺麗です
個人的に馬の顔が可愛くて好きです
ようしゅうちかのぶ
天保9年(1838)、高田藩(現・新潟県上越市)江戸詰の藩士・橋本直恕の嫡男として誕生した楊洲周延(ようしゅうちかのぶ・1838-1912)は、若き日より歌川国芳や三代歌川豊国、豊原国周(とよはらくにちか)ら歌川派の絵師に師事し、画技を身につけました。
しかし幕末の戊辰戦争では、江戸の高田藩士で結成された神木隊(しんぼくたい)として上野戦争に参戦。榎本武揚ら率いる旧幕府軍に加わり箱館戦争を戦うといった激動のときを過ごします。本格的に絵師としての活動を開始したのは40歳となる明治10年頃でした。刀を絵筆に持ち替えた周延は、優美な美人画から躍動感ある役者絵、戦争絵、歴史画、時事画題まで、まさに「明治」という時代を描き尽くします。
木版画
版画
Ukiyoe
Japanese woodblock prints
Japanese prints
本物
真作
samurai
katana
| 商品の状態 | 傷や汚れあり","subname":"多くの人が見てわかるような傷や汚れがある |
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